
STORY
of
Lee Ayu Chuepa
先住民の仲間、そしてすべての皆さんへ。私たち先住民をとりまく課題はたくさんあります。気候変動やパンデミックは、私たちのみならずすべての人に、生き方について再考することを迫っています。多くの混乱やデジタル変換は、私たちの世界を不均衡な方向へ転換させ、その結果は私たちは何度も絶望的な扱いを受けています。共に手を取り合い、先人の叡智を守り、次世代のために共有する文明を確立することはできないでしょうか?自分のためだけではなく、私たちの子どもたちや生きとし生けるもののために、この地球の美しさを維持するために、すべての人にスローフードの「おいしい・きれい・ただしい」の活動への参加を呼びかけます。
優しい口調で穏やかに話すアユ。36歳にしてタイのみならず日本にも拠点を持ち、先住民の暮らしと文化、そして環境を守る活動を行う彼がみてきた景色や経験はどのようなものか。彼が敬愛する母への想いから、思い描くこの先の未来の話までを紹介していきます。
PROFILE
名前 : Lee Ayu Chuepa(リー・アユ・チュエパ)
コミュニティ/国 : アカ族 / タイ王国
現在の居住地 : チェンマイ
年齢: 36歳 (1985年生まれ)
取り組みや所属: アカアマコーヒー 創設者、スローフードコミュニティ「Food for Changeチェンマイ」委員、LONG Coffee Project 創設者、KHARTSU 委員、チェンマイ基金 委員

アカ族とタイ
タイの人口約7,000万人のうち、約85%がタイ族で、アカ族を始めとした山岳民族は、10以上の民族があると言われていますが、人口は全体の約1.5%程度と言われています。タイの山岳民族の多くは、 200年以上前から中国南部雲南付近から南下し、ミャンマーやラオスなどの国々を経てタイの北部の山地にたどりついたと見られています。
第二次世界大戦後、タイ政府は山岳民族のタイ族との同一化政策を進め、財源であったケシ栽培や伝統的な焼畑農業を禁止し、低地への移住を推し進めました。また、国籍の発行の政策も、低地にある市役所に出向いて書類作成を行う必要があるなど、山岳民族に困難な条件のものが多く、現在も無国籍の者も少なくありません。
元々の居住地に定住するには、許可証を取得する必要があるなど、厳しい状況が続いています。
”マインドフルネスな人生を生きて、
共有する文明を祝福しなさい”

これは今朝、故郷のチェンライに住む母にかけられた言葉です。母は僕のインスピレーションの源であり、僕にコーヒー生産の全てを教えてくれた、大切な存在でもあります。僕のルーツは中国の雲南からミャンマーを経由してチェンライにたどりついたアカ族で、自分のDNAにそのことが刻まれていることに、とても感謝しています。今日は、僕の夢や、アカアマコーヒーの誕生の話、社会的事業についてをお話させてもらいます。ストーリーを共有し、祝福しあい、お互いに慮ることができればと思います。
僕は人生の時間のほとんどを、故郷から離れて暮らしてきました。幼少の頃は経済的に困難だったため、家族から離れて寺院学校に通い、ランプーンで学生時代を、チェンマイで英語教育を受け育ちました。
2007年から3年間は「Child’s Dream」という、貧困や差別から逃れてきた難民の人たちを支援する活動をする団体で、様々な事情を持つ人たちへの支援を行ってきました。価値ある文化や叡智を持つ人が、人権を奪われていたり、多くの子どもたちが親を失ったりしている中、先住民のユースとして、コミュニティの中の人だけでなく、コミュニティの外の人たちにメッセージを伝えていく重要性を強く感じ活動してきました。そこでの経験は、今も僕の活動の大きな糧となっています。


アカアマコーヒーの3つの哲学
〜経済・教育・環境

Child’s Dreamで活動中、僕は追いかけるべき夢を見つけました。アカ族のコミュニティを起源とした、シンプルな3つの哲学「経済」「教育」「環境」を持つ社会事業「Akha Amaコーヒー」です。ロゴは、家族の暮らしを支えるためにコーヒー農園で働いてきた母をモデルにしました。
経済
まずは「経済」について。先住民の経済状況はとても深刻で、多くの先住民の若者は満足な教育を受けられていません。多くの大人たちは工事現場や、ガソリンスタンドなど、低所得の仕事に就いている状況です。僕は、まずはこの経済のあり方から改善しなければならないと考え、コーヒーにその可能性を見出しました。コーヒーであれば、僕たちが栽培することができ、保存することができるからです。元々アカ族が栽培していたわけではありませんが、僕たちのコミュニティにとって重要な作物でもあり、周辺の山々など自然との共生をするためにも、コーヒーを通して事業を行うことはとてもいいアイディアだと思いました。また、コーヒーは世界で第二の商品作物です。なので、コーヒーが生み出す経済的利益も大きいと考え、品質の高いコーヒーを生産することが、良い経済効果を生むと考えました。
コーヒーは生態系において一つの要素にすぎません。同時にコーヒーは単なる飲み物だけに終始しないとも思っています。コーヒーの花が持つ可能性は大きく、この花によってみつばちが守られるます。みつばちの重要性は言わずもがなだと思いますが、受粉をし、コーヒーの生産量を増やします。コーヒー以外にも多様な作物が僕らの農場にあります。モノカルチャーではなく、マルチカルチャー・アグロフォレストリーです。僕らの農場には、梅も育っています。コーヒーの花からお茶をつくることもできます。梅から梅ジュースを作ることもできます。
教育
次に「教育」。これは、本当に重要なポイントですが、同時に非常に繊細な話でもあります。僕たちの信条や叡智をどう次世代に伝えていくか。でも、この革新する社会の中で、地域の中だけで学んでいくことは難しく、外の世界でどんなことが起きているのか、自ら赴き、データを集める必要もあります。
地域の人々はほとんどが農家ですが、若い世代には、農家になりたいひと、起業したい人、様々な考え方の人がいます。でも、同じ血を分かつ仲間です。それぞれが違う考えであっても、違う知識をもっていても、コミュニティがひとつになればともにコミュニティの未来を描く強いチームになれます。お互いの活動を支援しあい、僕たちの美しい知識を共有することができます。若い人、農家、みんなが手を取り合えます。これには、教育が鍵となります。
また外のコミュニティとも教育を通して交流し、僕たち先住民がどのように特別なのかということを伝えています。このような教育を受けた若者たちは、先住民のコミュニティとどのように関わるか、どのように公正にサポートできるかを学ぶことができます。
2018年には本社、学習スペース、カフェやロースターを併設する「アカアマ・リビングファクトリー」を設立しました。先住民とその外の世界とのはざまで、どんなバランスをとり、どのように支え合うのか、そのようなことを学びあっています。コロナ前までは、国内外から2,500〜3,000人が施設に訪れ、生産現場の視察や ワークショップに参加していました。中には、インターンとして長期的に関わる人もいますし、社会起業を学びたいと単日で来る人もいます。イギリスの大学による、コーヒー農家を支援する枠組みのためのデータ集積も行われており、ドローンやIT技術も活用しています。これらは全て、コミュニティを守っていくことのためのスキルにつながっています。
環境
そして、3つ目が「環境」です。大学とも連携し、土壌の栄養についても取り組みを行っています。多くの先住民コミュニティで見られることですが、土壌がすでに枯渇しているということがよくあります。そこで大学と連携して土壌を検査し、コーヒーを育てる上で必要な土壌の状態について確認します。そうすることによって、化学的な農薬や肥料を土壌に入れることのデメリットを理解できます。タイに於いては、99%の先住民のコミュニティが今、国立公園の一部に位置しています。それはつまりその土地で何もしてはいけない、農業を行うこともできないという意味です。ですので、政府や一般の人たちに、取り組みを知ってもらうことが重要で、生物多様性を維持しながら生産活動を行うことができると示さなければなりません。そして僕たちが僕たちの土地に暮らすことができるということを示さなければなりません。
政府など権威のある人たちに、僕らが体現していること、自分たちで自分たちの土地を管理することができることを伝えることが重要です。それ以外にも、多くの農地が耕作放棄となり、そのまま雑木林になっています。その土地を維持するために、先住民の若者たちと協働し、土着の品種の作物を植えて育てています。こうして環境を守る活動をしています。

若者とコミュニティのエンパワメント〜社会性と事業性
社会性と事業性の両方を持つことは簡単なことではありません。僕もビジネスを学んだり、トレーニングを受けてきているわけではありませんが、国際性と持続可能性を保つことを大切に考え、先住民の持つ叡智を僕たちのコミュニティだけに留めるだけではなく、外の人たちと交流をし、共有することに徹しています。
その中でも特に重要視しているのは若者の参加です。アカアマコーヒーでは、すべての作業の99%を若者が行っており、チームの50%は先住民が担当しています。若者たちは設立当初から参画しており、彼らの多くはロースター、バリスタ、パッケージデザイナー、管理者、品質管理として働いています。残りの50%は必ずしも先住民の出ではない人たちですが、彼らは僕たちの取り組みを理解し、それをサポートする方法を心得ています。僕たちは先住民と非先住民の両方と、平等に仕事をしています。


僕たちは先住民コミュニティと消費者との中間で協働する立場にあります。先住民コミュニティは生産品をアカアマに投資します。アカアマはコーヒーを焙煎し、パッケージしてマーケティングを行い消費者に届けます。消費者には、コーヒー屋さんもいますし、家でコーヒーをいれる人もいます。その利益がアカアマに入ってきて、そこで生まれた利益が先住民コミュニティに還元されます。僕たちは卸と小売の両方をやっています。
商品ラインナップとしては、コーヒー豆や蜂蜜、お茶(コーヒーが栽培できない地域から)、梅ジュースなどです。僕たちの商品は、先住民コミュニティのためのエンパワメントと再投資ができる商品です。それが僕がアカアマを発展させるためにやっていることです。
可能性を広げるため、
自分・家族・仲間とつながり、世界とつながる
僕たちのアイデアだけではできない領域に可能性を広げていくことも大切です。家族がどんなことを感じ、どんな農業をしているのか聞くこと。専門家や友達のアドバイスを仰ぐこと。研究や実験すること。僕たちのコミュニティが持続していくためには、国内外問わず、いろいろな情報にアクセスしていく必要があります。また、旅を通して自身のスキルセットや知識を増やしたり、共有するということも大切です。自分自身の内省をする良い機会にもなりますし、ワークショップなどへの外部からの参加者からも、貴重な意見を聞くことができます。
スローフードでは、世界の生物多様性を知ることができますし、素敵な人たちとの出会いだけでなく、非常に実践的なアイディアにも出会えます。僕たちのスローフードコミュニティでは、先住民だけでなく、その文化や存在を尊重してくれる人たちと共に、食文化の多様性に感謝する場もつくっています。
コミュニティと協力してアグロフォレストリー(森林農業)を実践することで、文化を維持しつつ、自分たちが生まれ育った土地を守ることにも取り組んでいます。 コーヒー、紅茶、果物、野菜などの換金作物を栽培することで、コミュニティの生活を向上させるのに十分な収入を得ると同時に、先住民と自然との共存を示すことにもつながります。また、チェンマイではフードバンクの活動もしています。現在も、チェンマイにある貧困家庭など様々な事情で食にアクセスできない人たちへ、食を提供しています。
2020年には、初の海外店舗として東京の神楽坂に「AKHA AMA COFFEE JAPAN」をオープンしました。農家のマーケットが一つだけになることに対するリスク分散として、またマーケットの創出のための取り組みです。いつか日本にも焙煎所を作ったり、生産加工の機械化などを通してのイノベーションも起こしていけたらと考えています。


困難を乗り越え文化を継承するための
知恵とマインドフルネス
先住民コミュニティの食べ物はシンプルで、森の中で手に入るものばかりです。我が家のキッチンの主な料理は、唐辛子、塩、植物油と季節の食材を使った料理で、自分たちの文化を継承するために、野菜やハーブの種を集めるのが大好きです。塩や油のように、僕たちが生産できない食材はごくわずかです。最近では、僕たちのコミュニティでは動物の油を使った料理が復活しています。僕は地元の旬の食材を使うというこの習慣を子どもたちに伝えていきたいと思っています。
アカアマは現在8つの集落で活動しており、100以上の家族が関わることで、先住民の農家と協力し、持続可能な農業を実践するという一つの成果をあげたと思います。もし仮にこの事業がなくなってしまったとしたら、コーヒー農園の多様性は失われ、若い先住民が都市部に移住することになるでしょう。コーヒーの品質は低下し、アグロフォレストリーは中止され、単一農業が増加するでしょう。さらに重要なことに、先住民が自分たちの領土で生活する権利の保護も難しくなる可能性があるということです。
ネクストステップとして、アカアマはFriends Trade※1に参加して、品種別のコーヒー農園を開設していきます。この品種別農園では、できるだけ多くの品種を栽培して、農家のために各品種のデータを調査・収集します。また、タイのチェンマイにコーヒーキャリア開発センターを設立し、先住民や地元の人々にコーヒーの技術を伝えることも計画しています。
僕は先住民の家に生まれたことをとても幸運に思いますし、すべての文化の知恵を信じています。アカアマコーヒーを代表して、先住民コミュニティの皆さんの支援に情熱とサポートを捧げたいと思います。この混乱した世界で僕たちは困難に直面しており、あらゆる危機を乗り越えるためには、僕たちの知恵とマインドフルネスが必要なのです。
※1 Friends Trade
コーヒーの生産から物流、消費までの様々なセクターの関係者が、タイのコーヒー産業を支えより良いものにするための任意団体。
アユのプライドフード

トマトチリソース(Mar khe caer tahq)は、旬の食材でシンプルに料理ができるので好きです。トマトは一年中あるわけではありませんが、タマリロ(トマトに似たフルーツ)でも作ることができます。幼少期は市場に買い出しに行くほどの収入もなく、このシンプルな料理がぼくたち家族を貧困から救ってくれたので、これがぼくのプライドフードです。少ない材料で簡単に調理でき、塩以外はほとんど庭で収穫できたので、我が家ではこの料理の材料の種を集めて育て続けています。
アユの人生年表
1985 9月14日 チェンライ県メーソイ、メージャンタイのアカ族の家に生まれる。
(出生証明書がなく誕生日は1985年1月1日として登録されている)
※少なくとも学校の証明書には15年間無国籍者として記載されている
2007 チャイルド・ドリーム・ファウンデーションで働き始める
2009 社会事業としてAkha Amaを計画。
2010 チャイルド・ドリーム・ファウンデーションの社会企業助成支援を受けて、事業を開始。
2014 スローフードが隔年でイタリアで開催するTerra Madre Salone del Gustoに初めて参加。