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STORY

of

Yani Aryanto



地球のためにベストを尽くし続けましょう。だって、チョコレートがあるのはこの惑星だけなのですから。

ヤニが生まれ育ったインドネシアのドンプでは、今、60%もの若者がアルコールやドラッグに蝕まれ、教育の機会を失っています。また、トウモロコシの大規模プランテーションにより、森林破壊や利益追求型の農業が拡大しつつあります。自分たちの環境を何とかしたい、という強い思いを持ち、次世代の若者のための学びの土壌づくりや、コーヒー農園の支援、食を通した地域住民のサポートに奮闘するヤニの活動を紹介します。


PROFILE

名前 : Yani Aryanto (ヤニ・アリャント)
コミュニティ/国 :  インドネシア スンバワ島 ドンプ
現在の居住地 :   ドンプ
年齢:  32歳 (1989年生まれ)
取り組みや所属:  ラニーサコーヒー(カフェ)経営、WeSAVE Foundation 創設者、HASコミュニティマネージャー

インドネシアとドンプ

70年前までオランダの植民地だったインドネシア。全人口のうち先住民は5~6,000万人、1,128のグループがあると報告されていますが、実際には更に多くのコミュニティや先住民が存在していると言われています。インドネシアの国全体として、植民地支配からの解放とともに「(国民)みんなが先住民である」という政府見解もあり、「先住民としての権利」を主張することが難しいという状況下にあります。ドンプは、インドネシア中部のヌサトゥンガラ州西部にあるスンバワ島の東部に位置し、スンバワ島で3番目に大きな町です。





村の危機的状況〜若者のアルコールとドラッグ問題


インドネシアは17,000以上の列島からなる国ですが、僕が生まれ育ち、今も在住しているドンプはスンバワ島にあります。オランダによる植民地支配から独立し、まだ75年と歴史の浅いインドネシアですが人口は2.5億人でアジアにおいては第2位の数です。植民地時代、オランダ軍はドンプの建物や歴史的なものを数多く破壊するとともに、私たち先住民の歴史や言語も全てを排除しようとしたという悲しい歴史もあります。

私が暮らすまちでは、若者の6割近くがアルコールやドラッグに溺れています。近隣の村々も含めて若者たちの間では、痛み止め薬のオーバードーズが流行り、それを飲んだ状態でバイクに乗ったり、喧嘩を繰り返すなど、ギャングが横行しています。

ナイフを持ち歩いていることから、教師たちもその恐怖によって注意すらできないという悪循環も起きています。「勉強するように、宿題をするように」と諭すことさえも難しい状況が生まれているのです。



英語教育をきっかけに夢を描く力を

〜 We Save Foundationの設立

自分たちの暮らす環境をどうにか良くしたいという思いから、2011年に仲間と一緒に「We Save Foundation」という財団を創設しました。この財団の目的は、誰でも参加できる無料の英語教育を開講し、英語教育を通して若者とコミュニケーションをとり、彼らの人生を豊かにすることです。英語はあくまでも彼らと意志疎通をするためのツールで、まずは彼らに関わってもらうことを大事にしています。



毎週末、英語の授業の後に彼らを外に連れ出して、農場で畑作業をしたり、木を植えたり、プラスチックごみの活動をしたりしています。WeSave Foundationは政府に支援を受けずに運営しています。運営資金に関しては、たくさんの観光客が来るラケイビーチなどで、ビーチクリーンの活動をしてプラごみを拾い、それをリサイクル業者に買い取ってもらったお金が原資になっています。また生徒たちがクラスにプラスチックゴミを持ち込むように働きかけてもいます。講師たちもボランティアで関わっており、食事を提供する際には一回につき50セントずつ出し合っています。


村の若者たちは、地元の人たちにギャングだと思われており、ほとんどの人が普通であれば若者たちを避けます。WeSave Foundationの活動に参加している生徒の親たちですら、最初は懐疑的なので、村の人たちに受け入れてもらうのには苦労しています。


しかしながら、若者たちが献身的に作業を手伝う姿を見て、僕たちの活動を受け入れてくれる地元の人も増え、親たちもその姿に驚いたりするようになりました。生徒たちがバナナの葉をセッティングして、講師も生徒もみんなで食卓を囲むことで、つながりが生まれています。

ほとんどの子どもが公立校に通っていますが、不登校で英語クラスにしか来ていない子もいます。僕たちとのコミュニケーションを通して、学校の重要性を理解してもらうということもしています。また出張授業では、英語だけでなく、貧しい出自でも自分の心持ちや取り組み方次第で自分らしく生きていける、自分自身もそうだった、といったように、彼らのインスピレーションになるような講演活動もしています。

この活動を通してエンパワメントされた若者たちは、社会の一員として自立・独立していきます。この場で共同体意識を醸成し、他の人たちと協調して生活できるように、私たちのクラスでは、英語を教えるだけではなく、親への優しさや友達への善行の価値を教え、モチベーションを高め、心を開き、夢を見て目標を達成できるように働きかけています。人間は誰でも、努力したいと思う限り、誰もが同じ能力を持っているのです。






食を通して地域を支える〜予防治療とビーチファーミング

私は、HAS(Health Access Sumbawa)というプロジェクトにもコミュニティオーガナイザーとして関わっています。道路や交通アクセスなどの条件の悪い僻地に住む人でも必要な医療などにアクセスできるよう支援を行う団体です。もともとは抗マラリア薬を僻地の人々に届ける活動から始まり、井戸を掘って安全な飲料水を整備したり、トイレを設置したりする活動に展開し、今は、免疫を高め予防治療の環境をつくるという目的で、栄養価の高い食事を提供したり、食生活の改善の啓発の活動をしています。スンバワ島の僻地にあるコミュニティに新鮮な食べ物は少なく、高価です。典型的な食事は白米で、他にはほとんど何もありません。毎日の食事には、タンパク質がほとんど含まれていません。スンバワ島の子どもたちは、免疫力が低いため、病気にかかりやすいのです。

また、若い女性や妊娠中の女性は貧血に悩まされています。毎日の食事では、タンパク質、ビタミン、カロリーが不足しているため、生産性、創造的なエネルギー、健康が損なわれています。HASでは、必要な人たちに卵、サツマイモ、ピーナッツ等を配達している他、ビーチファームで、住民と一緒に無農薬で野菜を育てる活動もしています。各家庭では、これまで青唐辛子くらいしか作っていなかったのですが、野菜の育て方や、獣害を防ぐための柵のつくり方などを学ぶ機会を提供することで、今では自宅の横でいろいろな野菜をつくる人が増えてきました。




モノカルチャーへの危機感

〜50kgからはじめたコーヒープロジェクト


2016年より、僕の村のほど近くのタンボラ山のコーヒー農家の支援を目的として、コーヒー豆の販売とカフェの運営をスタートさせました。その背景には政府主導による、トウモロコシのプランテーションがあります。プランテーションは2010年あたりからはじまり、ドンプはインドネシアの中でも有数の産地となりましたが、8割の農家が借金をしている状態です。利益追求のために、森林破壊も進んでいます。また、農薬と化学肥料がコーヒー農園にも流れ込み、コーヒーそのものがオーガニックでなくなるという現象も起きてきました。

その危機感から私は、コーヒーを公正な価格で農家から買いとり、それを焙煎・販売までする事業を起こすことを考え、「とにかく小さくでも始めよう」と、まず最初は50kgのコーヒーからスタートしました。高品質のコーヒーを低価格で買おうとする人もいますが、そうなると農家たちも品質にこだわらなくなり、果実が未熟なものも混ぜて出したり、品種もバラバラだったりします。


はじめのうち、クオリティは決して高くはありませんでしたが、僕が「コーヒーを買うバイヤーだ」と認識してもらうため高価格で取引し、「今度は100kg買うから品質をこうしてほしい、品種ごとに分けてほしい」などと関係性を作っていくことで、高品質化することができてきました。そうすると「自分のコーヒーも扱って欲しい」という農家が徐々に増え、「僕のカフェでは200kgしか今は取り扱えないけど、他の村の友人が買ってくれますよ」といったようなコミュニケーションが生まれています。かつてタンボラ山のコーヒーには高品質のイメージがありませんでしたが、この取り組みを通してそれも大きく変わってきています。



私たちのカフェでは、焙煎の仕方にもこだわっています。効率を求める機械化ではなく、伝統的な薪火で適量ずつ手作業でじっくり焙煎します。それぞれの豆に適した温度と時間をかけ、ゆっくり焙煎することで、生産者が丹精込めて作り厳選したコーヒーの一番美味しい味を引き出しているのです。



2018年のテッラマードレに参加し、スローフードのイベントで私たちのコーヒーが紹介されたことで、地元の人たちからも一目置かれる存在になりました。普段は工業生産された砂糖のたくさん入ったコーヒーを飲む人たちが、地元のコーヒーを地元で飲めるように、手ごろな価格のパックもつくって販売しています。

それでも、とうもろこし農業への転換政策は手を緩めることなく、驚くべき勢いで森林を禿山に変え、コーヒー生産者たちの活躍の場を奪っていきます。奨励作物と比べると、自分たちの大切にしてきたコーヒーの価値を見失い、とうもろこしに転作してしまう生産者も増加しているので、彼らの生産物がどれほど価値があり、未来があるものなのかを知ってもらうため、タンボラのコーヒー生産者のためのフェスティバルも開催しました。





アイデンティティとしての食と文化を、次世代へ

カフェを始める前の数年間、病院で勤務していました。英語教育クラスは主に午後と夕方だったので、下宿所で寝泊りして、午前中は病院、午後から英語クラスといった生活でした。病院勤務しながら貯蓄した限られた原資でわずか50kgのコーヒー豆からのスタートでしたが、今では100%オーガニックで、伝統的な焙煎のコーヒーを販売し、利益の10%は慈善活動や必要な人々に寄付することができています。


食べ物や文化は、自分の民族や出身地の象徴でもあります。だからこそ、今を生きる私たちは、食と文化が私たちのアイデンティティーであることを次世代に伝える責任があるのです。次の世代のドンプ人には、伝統的な料理、特にティンブ(もち米を甘く発酵させたもの)やその他の料理を薪の火を使って調理する方法を知ってもらいたいとも思っています。若い世代の意識を変え、人々や自然に良いものを伝え、私たちの後にもこの活動を続ける人が現れてくるようにしていくことを、これからも目指していきます。



ヤニのプライドフード

私たちの言葉では「ティンブ」と呼ばれるものです。もち米とココナッツミルクからできていて、私たちは砂糖で発酵させた黒いもち米と一緒に食べます。インドネシアの他の地域では、ドリアンやパームシュガーなど、他の材料で楽しむこともあります。


ドンプでは、イスラム教の日や伝統的な儀式など、特別な日に食べることが多いですが、現代人は朝食やコーヒーと一緒に食べることが多いので、何日もかけて作っています。私は、炭水化物が少なく食物繊維が豊富で、ココナッツミルクと調和した味わいが気に入っています。


ヤニの人生年表


1989 インドネシアのドンプに生まれ育つ

2008-2015 病院で勤務する

2011 WeSAVE Foundationを友人たちと立ち上げる

2016 結婚、コーヒー農家の買い支えを始める

2018 Terra Madre Salone del Gustoに初めて参加する

2018 ”LANISA COFFEE”をオープン

2019 HAS (Health Access Sumbawa)に関わり始める

2020 HASのビーチファームのプロジェクトを始める

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